告白する。
妻と何年も一緒にいる。毎日顔を合わせて、お金の話も子どもの話もしている。なのに——
妻が死ぬ前にやりたいことを、私は一つも知らなかった。
第2回のみらい会議で、そのことに気がついた。資産7,000万円を超えた夫婦が、「相手の夢」を聞いたことがなかった話をする。
「楽しくない」という、娘からのSOS
会議は、妻のひと言で始まった。
「長女が、そろばんが楽しくないって言ってた」
正直、最初は流しそうになった。練習は地道なもの、というのが私の考えだったから。でも、妻がもう少し深刻な顔をしていた。「最近、目が輝いてない気がする」と。
親なら一度は直面する問いだと思う。「続けさせるべきか、やめさせるべきか」。
でも今回は、その前に考えるべきことがあった。なぜ楽しくないのか。
ドリル100問の向こう側で、娘は何を感じていたか
長女のそろばんは、ひたすらドリルを解く。タイムを計られながら、同じ問題を何十回も繰り返す。
それは間違いなく正しい練習法だ。でも、ぽんと膝を叩いた。
これ、「正しいこと」しかやってない。
「サイエンス(効率・再現性)」だけの学習だ。正解は出せる。でも心が動かない。
そのとき思い出したのが、以前家でやった「1万5,000円のお買い物ゲーム」だった。
「このポテチ248円、ジュース156円、お釣りは?」
長女の目が輝いた。次女も横からのぞき込んで大声で答えた。問題集の「248+156=?」と全く同じ計算なのに、「体験」になった途端、算数が遊びになった。
資産を積み上げるより、娘がまた「たのしい!」と言う顔を見る方が、今の私にはずっと大事だ。そのことを、この夜に確認した。
タイムバケット:「いつかやろう」が「もうできない」に変わる前に
会議の後半、両学長の動画をきっかけに「タイムバケット」の話になった。
人生を年代別のバケツに分けて、「何歳までにこれをやりたいか」を書き出していく。
「エベレストに登るなら、何歳のバケツ?」
考えた瞬間、胸がざわついた。体力のある今じゃないと、もう無理かもしれない。
「親をマチュピチュに連れて行くなら、親が何歳のうちに?」
これが一番刺さった。私の親は今何歳だ。飛行機に乗れるのは、あと何年?山道を歩けるのは?「いつか連れて行こう」と思っていたその「いつか」は、具体的には何年後なんだ。
人生が有限だということを、初めて「感情」として受け取った夜だった。数字ではなく。
「妻の夢を知らない」という、静かな衝撃
タイムバケットの話をしながら、ふと思った。
妻が、何をやりたいのか、私はちゃんと知らない。
毎日顔を合わせている。子どもの話も、お金の話も、転勤先の話もしている。でも「あなたが死ぬ前に絶対やりたいことは何?」と聞いたことが、一度もなかった。
恥ずかしいとか、気まずいとかじゃなく、単純に「聞いたことがなかった」のだ。
資産7,000万円を積み上げてきた。でも、何のために、誰のために積み上げているのか。向かう方向が夫婦でバラバラだったら、それは意味があるのか。
「お互いの価値観を知らないまま協力し合うことはできない」——そう気づいた。
宿題:それぞれ50個、合計100個の夢リスト
だから宿題にした。
次の会議までに、それぞれ50個、合計100個の「やりたいことリスト」を書いてくる。
これは自己啓発の課題じゃない。相手の夢を知ることで、初めてほんとうの意味でパートナーになれる。そのための「対話の準備」だ。
妻がどんなリストを持ってくるか、今から楽しみで仕方ない。
番外編:北陸の冬が教えてくれた、「住む場所」の本当の意味
転勤族として、いくつかの街で暮らしてきた。
北陸にいた頃、子どもたちのアレルギーがひどかった。鼻水、目のかゆみ、肌荒れ。病院に何度も連れて行った。でも今になって気づく——あれ、もしかして北陸の気候や湿度、家のダニの影響だったんじゃないか、と。
会議でその話をして、「住む場所を選ぶ基準」が変わった。
通勤、家賃、利便性——それだけで決めてきた。でも本当は、「ここで家族の体は健康でいられるか」が最優先の条件であるべきだった。
転勤族は住む場所を自分で選べないことが多い。だからこそ、選べるときにちゃんと考えたい。「いつかの拠点」を決めるとき、景色でも利便性でもなく、家族の健康を一番の軸にすると、夫婦で決めた。
第2回で決めたこと
- ✅ そろばんの先生に「楽しさ」を伝える相談をする
- ✅ 拠点選びの条件に「家族の健康」を最優先で加える
- ✅ 次回までに、それぞれ50個の「やりたいことリスト」を書く
次の会議で、妻は50個の夢を持ってくる。私も50個用意する。
きっとそこには、何年も一緒にいても知らなかった、相手の顔がある。それが、今から楽しみで仕方ない。
みらい会議、第3回につづく。